『  きみの名は ― (1) ―  』

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜 ♪♪  ♪♪  〜〜〜

 

音の速さはばっちりだ。 聞き慣れた音源だし、今回振付の変更はない。

生ピアノではなくCDなのが少し残念だが 自習なのだからまあ当然だろう。

山内タクヤは 勢いをつけてスタジオのセンターに進み出て ― 踊りはじめた。

 

   ふ〜ん なかなかいいカンジ かもな〜〜

   やっぱ俺、このヴァリエーション 好きだな

   おらおら〜〜〜  見てろよ〜〜 俺様の ザン・レール を〜〜

 

タクヤは内心得意満面でステップを踏む。

長くしなやかな脚が するどく大気を切り裂き、彼の身体はあたかも

空中に留まっているかのように見える。

 

   へへ〜〜ん♪  調子 いいかも〜〜

 

 パン。 彼はきっちり着地を決めると さっと一礼して稽古場の端に抜けた。

「 このままコーダ 続けていいぜ〜〜 」

「 はあい 」

爽やかな返事が聞こえ、 亜麻色の髪の女性が踊り始めた。

「 お いいねえ〜〜  

「 ・・・ 」

彼女はにっこり笑い、的確にステップを踏む。

 

   ふん ふん ふん〜〜♪ っと。

    ―  ん ?

 

自分の出を待つほんの僅かの時間、タクヤはなにかひっかかるものを感じた。

 

   あ れ ・・・?  おいおい メドゥーラ姫さんよ〜

   いつもとちょっと  ・・・ なんかちがう かな?

 

いや 彼女だって人間、日によって体調の波だってあるだろう。

何回も組んでいるパートナーだ。  なんとかなる ― タクヤはそう思った。

「 ・・・ いくぞ! 」

彼は端っこで 五回アントルシャ・シス をしてから センターに出ていった。

 

上手で彼女はぴったりピルエットからアチチュード・ターンを決めて にこやかに

マネージュを始めた。

 

   へへ いい感じ〜〜   俺も負けないぜ〜〜〜

   少しタイミングがちがうけど。 

   次のリフトはそんなに高難度じゃないし 〜〜 

 

   よし ・・・ ! 

 

彼は トウール・ザン・レールを決めると彼女に合わせてグラン・ジュッテをひとつ。

そして リフトの位置を目で確かめ ― たのだが。

 

 

   ! ちょ ・・・ ちょっと早いんでね〜の〜 オクサン?

   そ れじゃ ぶつかる・・・かも

 

   いや。 ま 大丈夫だろ 俺達ずっとリハしてきてるし〜〜

 

いつもより彼女の接近が早い と思った。 でも大丈夫 と信じていた。

  そして 次の瞬間。

 

 

        ??  う  うわあ〜〜〜〜 

 

 

タクヤは 肩に猛烈な打撃を受けもんどりうって後ろに吹っ飛んでしまった。

そしてすぐに目の前は真っ暗になった。

 

「 しっかりしてっ!!  大丈夫??  ジョー〜〜〜〜 !!! 」

遠くから絶叫が聞こえる。 なにか柔らかく温かいモノが彼のアタマの下に ある。

 

    ・・・ あ  れ ・・・? 俺 ・・・

 

「 あ! 目を開けたわ!!  ジョー!  ジョー〜〜〜〜〜 」

ぽと ぽと ぽと。  温かい水滴が顔に落ちてくる。

 

    あへ・・・? 俺 どしたんだ?  ここ ・・・?

 

「 ね? 目 見える?? 聞こえる? ねえ ジョー〜〜 なんとか言って〜〜 」

すりすり〜〜  また柔らかく温かいモノが彼の頬に押し付けられた。

 

    あ  ・・・ は?  フランってば 泣いててもキレイだなあ〜〜

 

「 ジョー?? ねえ わかる? わたしのこと〜〜 ああ あああ〜〜〜 」

「 ・・・ あ  お 俺 ・・・ 」

「 あ!  ジョー! 意識 戻ったのね!  よかった〜〜〜〜〜 」

「 ・・・ あの  さ  俺  た  く  や ・・・ 」

「 へ?? 」

「 俺  た く  や …< ジョー > じゃ ね〜よ  」

「 え?? ええ ええ 勿論よ〜〜 アナタはタクヤ君よ? わかるのね?? 」

「 ・・・ わかる ・・・ 俺 山内 タクヤ ・・・ 」

「 ああああ〜〜〜 よかったあ〜〜〜 ごめんなさい〜〜〜 ホント、ごめんなさい〜 」

「 ・・・ 俺? ど した のかな ・・・? 」

彼はそろり・・・と身体を動かしてみたが ― 瞬間 肩に激痛が走った。

 

    いって〜〜〜〜〜〜 ・・・ !!

    さっき ・・・ 転んだ・・・っけ?

 

「 俺 ・・・ リフト しっぱい した? ごめん ・・・ フランのこと・・・

 放りだした ・・・? 」

「 違うの〜〜〜 違うのよ〜〜 わたしが! わたしが悪いの〜〜〜

 わたしのタイミングが早すぎて ・・・ タクヤの肩に ・・・ 蹴り いれちゃって 

「 あ ・・・ は ? なら 大丈夫 ・・・ 多分 。 」

「 大丈夫じゃないわよっ! わたし 思いっ切り蹴飛ばしちゃったのよ?

 ああ 〜〜 骨折してたらどうしよう??? 

「 へ 平気 さ ・・・ これくらい ・・・ う っ ・・・ 」

「 動いちゃだめ!  今 病院に電話してもらってるの。 

「 大丈夫 ・・・ たぶん ・・・ 」

「 ああ〜〜〜 大丈夫かしら〜〜〜  今日 土曜だし〜〜 

 救急車 呼ぼうかしら ・・・ その方がいいわね!  事務所の方に〜〜 」

「 ちょっと・・・ 休んでいれば ・・・ 」

ぱたぱたぱた〜〜〜  誰かがスタジオに入ってきた。

「 あ フランソワーズさん〜〜〜  いつもの前田整形外科、休診なんですよ〜〜 

 けいお〜病院の救急外来にでも ・・・ 」

「 そうですね お願いできますか? 」

「 あ ・・・ 俺 大丈夫 ・・・ う ・・・っ 

「 だめよ〜〜 タクヤ、動いちゃ〜〜〜  」

「 まあ なにがあったの? 」

聞き慣れた、落ち着いた声が降ってきた。

このバレエ団の主宰者の老婦人が ふらり、と顔をだした。

「 土曜の午後にご苦労さま〜って ちょっと覗きに来てみたんだけど? 」

「 あ マダム〜〜〜 自習してて・・・ わたし、リフト失敗して〜〜

 タクヤの肩 蹴っ飛ばしてしまって〜〜 」

「 あ〜〜らまあ・・・ タクヤ? 大丈夫?  肩? ・・・ あらあ〜〜〜 」

「 あ は ・・・ 大丈夫・・・ このくらい ・・・ 」

タクヤは無理矢理笑顔で 立ち上がろうとするが ― どうにも腰が上がらない。

「 だめ! 動いちゃだめ!  病院まで送ってゆくわ! あ? やってました? 」

事務所の人が困った顔で戻ってきた。

「 やってましたけど、整形外科の先生は休診なのですって ・・・

 どうしましょう〜〜 救急車 呼びます? 」

「 そう ねえ。 肩は危険だし 

「 いや! 平気ですって こんくらい ・・・ 女子に蹴飛ばされたくらい・・・

 俺 ケンカで鍛えて ・・・ う ・・・っ 」

「 ダメ! あの。 わたしの そのぅ〜 父は。 臨床医じゃないですけど

 医師でもあって・・・ 成形外科の先生方に技術提供したりしてます。

 今日 ウチにいますから ― ちょっと遠いけど 診てくれると 

「 まあ そうなの? あのお父様が ? 」

博士は フランソワーズが初めてこのバレエ団に参加するとき わざわざ送ってきて

主宰者のマダムやらスタッフに挨拶をしていってくれたのだ。

「 はい。 土曜の午後ってやってる病院、少ないし 」

「 そうねえ  タクヤ、お願いしましょうよ? 」

「 ・・・ え あ ・・・ す すいません ・・・ 」

「 決まり! すぐに着替えてくるわ。 タクヤ、上にコート羽織って行けば・・・ 」

「 フランソワーズ、 それじゃお願いしてもいい? 」

「 はい マダム。  タイミングを外したわたしがいけないんですから 」

「 ま〜 パ・ド・ドゥでの怪我はどっちもどっちってとこだしね 」

 

  ―  そんなワケで。  

 

山内タクヤ君は パートナー嬢の家に行き 天才・ドクター・ギルモアの特別治療を受け 

かつ、 岬の洋館に一泊。  カワイイ大歓迎を受け・・・ 

その上〜〜〜 < ばれんたいん・チョコ > までもらって きたのだった。

 

 

  ( この辺りの経緯は 拙作 『 ぼくのお姫サマ・・・ 』 をご参照ください )

 

 

    シュッ   タンッ ・・・・!

 

力強く床を蹴った脚が きりきりと空中で回転し余裕で床に降りた。

「 ふ ・・ ん ・・・ 〜〜〜 

タクヤは 一息つくと再びセンターに立ち ― 跳んだ。

楽々と着地し 彼の軸はびくともしない。

 

      ふうん ・・・・?   調子いい のかなあ?

 

コキコキ〜〜 肩を上下し首を回す。

先日の怪我はすっかり治った。  彼の左の首筋から肩にかけてうっすら

細い傷痕が残ったが これはやがて消えてゆくだろう。

傷が完全に治る前に 彼はもう稽古場に出てきた。

「 おはよう〜っす 」

「 お早う あら 山内さん、大丈夫ですか? 」

「 まあ  タクヤ いいの? 」

「 タクヤ〜〜〜 無理しちゃ ダメよう〜〜 」

「 肩 やった後って感覚 狂うぜ〜 」

周囲は いろいろ言ったけれど 彼は意に介さなかった。

 

      俺の身体は 俺自身の感覚でしかわからないさ。

 

実際 本人も少々ビクビクモノでレッスンに参加した。

バーが終わって センターに移り男子は大きなパが増えてきた時 ・・・

 

      あ れ?  ・・・ なんか 前とちがう ・・・ かも?

 

重心がいつもとほんのちょっと違う − よ〜な気がした。 違和感、というほどでもないが

< 前と全く同じ > ではない ・・・かもしれない、と感じた。

「 あ〜〜 やっぱズレちまったかなあ・・・ 」

あれだけの衝撃を受けたのだから仕方ないか、とも思った。

「 今までの怪我よかぜ〜〜んぜんすっきり治ったし。

 フランの親父さんって〜〜 開業しね〜のかなあ・・・ もったいないよなあ〜 」

ま、身体を使う仕事に怪我は付きモノってことで 彼自身は納得していた。

 

  ところが。  なぜかその後 ― 彼は自分自身に驚愕する。

 

      うっそだろ〜〜〜??? なんだってこんな風に 着地するんだ?

 

クラスの最後、男子たちの ア・ラ・セゴン・ターン の時も 

彼は首を捻り続けていた・・・

 

「 タクヤ〜〜 左に傾ぐ癖、 脱出したな 

先輩の男性ダンサーが ぽん、と背を叩いた。

「 あ  は はい 」

「 調子いいわね〜〜  縦軸がしっかりしてきたわ。 」

「 マダム ・・・ え そ そうっすか? 」

「 ふふふ ・・・ フランソワーズに蹴飛ばされて 真っ直ぐになったのかも ね? 」

「 あ は? そ そっかな〜〜 」

「 いやだ 冗談よ。 頑張って 」

「 はい。 」

 

      あ は。  やっぱ前と違う  けど。

      イヤな感じじゃ ないもんな〜〜

 

 シュ ・・・ !  トン。  彼は楽々と トゥール・ザン・レールを決めた。

 

 

 

  コトン。  コト ・・・  ふんわりといい香の湯気が湧き上がる。

 

「 博士〜〜 お茶 淹れます〜〜 どうぞ? 」

フランソワーズは トレイからポットを取り上げた。

  トポポポ ・・・ カップに琥珀色の液体が落ちる。

「 おお ありがとうよ。 ふ〜〜ん ・・・ いい香じゃなあ〜 

「 うふふ・・・ 庭の夏ミカンのママレード、ありますよ? 」

「 おお アレは甘さも口あたりもいいのう〜 紅茶にぴったりじゃ。 」

「 すばるは もっと甘くして〜〜って。 すぴかはお気に入りですけど 

「 あはは そうじゃなあ〜  ・・・ うむ 美味い。 」

「 たくさん どうぞ? 大きなビンに三本作りましたからね 」

「 それはうれしいな。  うん ・・・ いい味じゃ・・・

 おお 時にあの坊やは元気かね。 調子は どうかな? 

「 あ タクヤのことですね? 」

「 そうそう ・・・ すばるがえらくなついておったなあ 」

「 タクヤお兄さん〜ってもう大変なんです。

 ええ 彼・・・すごく調子いいみたい・・・ 張り切っていますよ。 」

「 それはよかった・・・ 

「 はい。 治療してくださってありがとうございました。

 本当にわたしの不注意で ―  打ち処がマズかったら・・・って思うと・・・ 」

「 うむ ・・・ 彼も並の運動神経の持ち主じゃあないな。 」

「 え? 」

「 ああ 咄嗟に本能的にお前の脚を避けたのさ。 直撃を受けてはおらんのだよ。

 彼はぼ〜〜っと蹴飛ばされたわけじゃない。 」

「 まあ そうなんですか  すごいわ〜〜 タクヤってば  」

「 本人も多分 意識しておらんと思うが な。 」

「 よかった ・・・ すごく早く治った〜〜って喜んでましたわ 」

「 ふふん ・・・ そこいらの病院とはちょいと違うからなあ〜 

 まあなあ 生命力最も旺盛な年頃男子じゃて、すぐに回復すると思っていたがな。 」

「 でも本当にありがとうございました。 」

「 いやいや ・・・ それで な。

 まあちょいと ― 迷惑料というか慰謝料ってとこでなあ 

 彼の生来の頸椎の傾斜を治しておいたぞ。  ほんのちょっとじゃったがなあ 」

「 え ・・・? 生来の、って 生まれつき ということですか? 」

「 誰でも完全な肉体をもってはおらんのさ。 標本通りではないということじゃ。 」

「 そういえば ・・・ どうしても少し左にズレるって言ってました 」

「 日常生活ではなんの支障もあるまい。 彼の < 仕事 > にプラスなるよう・・・

 あるべき本来の位置にもどしておいただけさ。  」

「 あ それで。  なんか今まで以上にぶんぶん回ってます。 」

「 そりゃよかった ・・・ いい若者じゃな。 夢を追って存分に活躍してほしいよ。 」

「 はい。 」

「 ― 少しでもワシの所業を償えれば な ・・・ 」

「 博士 ・・・ もうそんなこと おっしゃらないで 

「 いや。 一生 忘れてはならんのだよ。 お前こそそんな顔をしないでおくれ。 」

「 わたし。 今 幸せです。 心から感謝していますわ。 

 ジョーと巡りあえて家庭をもって 本当にシアワセです。 」

「 ・・・ ありがとう よ 」

博士とフランソワーズは 穏やかな微笑みを交わすのだった。

 

 

 

  ふ〜ん ふんふん♪  ごとん。 ごそごそ・・・

 

ハナウタ混じりに タクヤはライブラリーの棚を漁っている。

「 なンか ね〜かな〜〜〜  古いDVDとか ? 」

バレエ団のスタジオの奥には バレエに関する雑多な資料が保存されている部屋がある。

一応はライブラリーの名がついているが ― 生徒達は 物置 とか がらくた置き場 とか

言ったりしている。

「 ここって時々〜〜 掘り出し物たあるんだよなあ〜〜

 ネットとかじゃお目にかかれないレアものがさあ ・・・  」

案外真面目な彼は 暇があるとこの小部屋に入り浸り、好奇心の赴くままに

あれこれ資料をひっくり返していた。

「 ・・・ っとこっちは ダ○スマガジンの棚 か。 ひえ〜〜 これって・・・

 ひえ〜〜〜 40年前?? ウチの親たち、まだ出会ってね〜よ? 

 あ こっちは10年前 ・・・ お。 W・・・の記事じゃん? 」

タクヤは高名な振付師の記事が載っている雑誌を引っぱりだした。

「 このヒトの作品、いいよなあ〜〜〜   いつか踊ってみたいんだよなあ ・・・

 へえ?  やっぱもともとはダンサー志望だったんだな〜 」

部屋の隅に座り込むと、彼はぱらぱらページを繰り始めた。

 

 ― 忘れえぬひと  そんなタイトルで記事が書かれていた。

 

「 ふん? 元カノとか〜・・・・   へ? 」

一瞬 見たことのあると思った ― 女性の顔の絵が見えた。

「 え ・・・ これ・・・ ああ ラフ・スケッチなのか

 W・・・・って絵も描くのか   ― これ って さ。 」

彼はそのページに顔を近づけ ( 別に近眼ではないが ) 10年以上前に描かれた

スケッチの写真をしげしげと見つめた。

やはりダンサーなのだろう、髪を結い すっと立っている若い女性の横顔だ。

「 ムカシのパートナー ・・・ ってか同級生ってとこかな。 

 ― 似てる よ。 どうしたって似てるってか ・・・ 雰囲気とかまんまじゃん? 」

タクヤはその雑誌を抱えて 明るい廊下に出てきた。

「 ん〜〜〜〜   やっぱさ これ 彼女 じゃん??  

首から背中へのライン、 そしてほんの少し首を傾け細いしなやかな首筋にからまる

遅れ毛が一筋 二筋 ・・・

 

それは 彼がよ〜〜く知っている、今の彼の <仕事のパートナー> であり

次の舞台で  『 海賊 』 の メドゥーラ姫 を踊るダンサー ―

 

   フランソワーズ ・ アルヌールさん そのままなのだ。

 

「 んなワケね〜〜よ〜〜 だってこれ・・・ 今から50年くらい前ってことだろ?

 ふん ・・・? 」

彼は廊下の隅に座り込むと古雑誌を熱心に読み始めた。

 

 

  ( 以下 タクヤのアタマの中の映像 )

 

 タタタタ ・・・  少年は大きなバッグを抱えて懸命に走る。

行き交う人々もまだ少ない早朝、 彼は石畳の道を駆け抜けてゆく。

「 〜〜〜〜  今日こそ〜〜 一番のり〜〜〜 !

 ふん そんでもって ・・・ 思いっ切り跳ぶんだ〜〜〜 

まだ開けていない商店街やら ギャルソンが欠伸しつつ酒瓶を片づけている店の脇を抜け

細い坂道を駆け上り ―  ガタガタの石段を上り ふるい木の扉の前に立つ。

 

   ギ ・・・      取っかかり難い取っ手を引くと扉は軋みつつひらく。

 

「 へ へへ ・・・・ おっはよ〜〜っす! 

しん・・・として、まだ暗い廊下を駆け抜け更衣室に飛び込み ばばばっと着替え

「 っし。 ゆくぞ! 

大きなバッグとタオルを持つと Aスタジオにかけてゆく。 そして

「 いっちば〜〜〜 ・・・ あれ? 」

 

   シュ ・・・・ トー −−−− ン ・・・!

 

灯りも点けていない稽古場で 白いレオタード姿が踊っていた。

「 〜〜〜〜〜 く 〜〜〜〜 ・・・・ ちっくしょ〜〜〜 また負けた ・・・ 」

 トン。  彼はバッグを落とした。

「 ?  あら。  ミシェル。  お早う 」

踊っていた少女は その小さな音に気づき動きをとめた。

「 あ ・・・ おはよ〜 」

「 お早う。 早いのね 」

「 君こそ ・・・ 」

「 うふ ・・・ 思いっ切り踊りたいの。 早く来ればスタジオを自由に使えるわ 」

「 ・・・ 僕と同じこと〜〜 」

「 あら そうなの?  ミシェルも? 」

「 ん。 」

「 じゃ どうぞ? 順番に使いましょ? 」

「 え いいのかい。 」

「 いいわ。 だって早起きしてきたのでしょ? 」

「 うん。 」

「 スタジオ、独り占めして? 」

「 メルシ〜〜〜  あ。 」

「 なあに。 」

「 後で さ。  え〜〜 おっほん。 踊ってくださいますか? 」

「 え ・・・ パ・ド・ドゥ ってこと? 」

「 ウン。 この前 ・・・ 合同クラスで習っただろ? 『 ブルーバード 』 」

「 ええ ええ!  うわ・・・ 嬉しい〜〜〜 

 あ ・・・ でも先生方にはナイショよね〜〜 」

「 だね〜〜 わかりゃしないよ〜〜 

「 ね♪  きゃ・・・ フロリナ王女〜〜 がんばっちゃう 」

「 ぼくも。 ブリゼ・ボレ、 みてろ〜〜 」

「 うふふ〜〜〜 リフトもやっちゃお? 」

「 お〜〜し 

 

誰もいない早朝のスタジオで 少年と少女はワクワクしつつ パ・ド・ドゥに

挑戦するのだった。

こんなことが切っ掛けで 少年と少女はパートナーを組むことになる。

バレエ学校在学中から数々の舞台を踏んだ。

 

   彼女は 僕の生涯のパートナーだ ・・・!

 

少年は いつしかそう信ずるようになっていった。

少女も おそらく同じ想いだった ― と少年は信じていた。

 

 しかし。

 

その後 ―  ある日を境に彼女の消息はぷつり、と途絶えてしまった。

何があったのか、いや彼女の身の上に何が起こったのか。

それは今日までわかっていない。

 

私が今 望むのは この世界のどこかに彼女が幸せに生きていて欲しい、ということだ。

 ファンション。  彼女は私の忘れえぬ女性 ( ひと ) である。

 

 

 

 パタン。   タクヤは 音を立てて雑誌を閉じた。

 

「 な んだ ・・・ これ??  だって ― フランは ・・・

 すばるとすぴかのママで あのイケメン旦那のオクサン  ― だよな?

 俺の肩を魔法みたく治してくれたドクターの娘 ・・・ のはず ・・・ 」

 

けど。 彼はもう一度こそ・・・っと雑誌をめくり、スケッチを見つめる。

 

「 ―  フラン。  君は ―  誰 なんだ?  」

 

 

Last updated : 02,16,2016.                   index       /      next

 

 

 

***********  途中ですが

え〜〜 一応 【 島村さんち 】 設定ですが

双子は出てきません ( 多分・・・ )。  

拙作 『 ぼくのお姫サマ! 』 をご参照頂けましたら

幸いです <m(__)m>